2007

あけましておめでとうございます。

去年は始まりから中から終わりまで全てがグダグダだったこの日記ですが今年もグダグダと続けて行こうと思っている次第でこざいます。が。

今年も無事カウコンで年明けを迎えることができました。この幸運に感謝と、幸運に始まったこの1年が幸運に溢れた年になることをただ願うのみです。

2006年を2006年中に振り返る時間のないまま迎えてしまった年明けは初めてですが、2006年は振り返らないにはあまりにも色々ありすぎた1年でした。ので、しっかり振り返って新年1つ目の記事としたいと思います。

色々…ほんとに色々ありすぎた年でした。

1月、カウコンから始まり、NEWSコン初参戦、ドリボ×2という日程。後期末試験を控えている身にしては豪華すぎた幕開け。ドリボは、それまで半年間大倉病の微熱にかかっていた私を一気に重病まで陥れました。今にして思えばあれは完全に浮気だったよね、うん。

でも最後にこんな幸せなお知らせが待っていた。

KAT-TUNデビュー決定。

そして同時に哀しいNEWSも。

でもその時、以前よりちょっと強くなったファンの姿を見ることができました。

2月、試験と就活に終われた日々。

3月、就活でごちゃごちゃになってる中にあったのは、演舞城、大倉の「シンデレラ〜」、KAT-TUNデビュー、という希望でした。それが私を支えてた。

演舞城は3列目。大倉を3列目で見ていて、ある瞬間、大倉があの言葉を発してくしゃっと笑顔になった瞬間、本当にこれほどの幸福があるだろうか、こんな瞬間があるなら、こんな瞬間の思い出があるならそれだけで生きて行けると本気で思いました。いやこれほんとに。

KAT-TUNデビューコンは事情があって行けませんでした。ほんとにほんとに悲しかった。でも、その『事情』を「亀も今まで頑張ってきたんだ、今も頑張ってるんだ」って思いながら必死でやり遂げたことは、何より私の財産となってくれました。

4月、学校も始まり授業と卒論と就活との3立(?)にただ焦っていた気がします。

そんな時、SOPHIAの武道館ライブに行きました。セトリがそうさせたのか、私のその時の気分がそうさせたのか、メンバーがそうさせたのか。分からないけれど、ただただ号泣していました。ありがとうって思いました。充さんに「がんばったね」と言われて投げ出しそうだった自分のこれまで歩んで来た道をもう一度誇ることができました。

そして友達に本当に助けられながら、無事内定をいただき就職先が決まりました。

5月、人生で一番だらだらしていた時期かもしれません。KAT-TUNリアルコンに4回参戦しました。亀が愛しくて、田口の涙にときめきすぎて、KAT-TUNが前よりずっとずっと大好きになりました。私はKAT-TUN担だ、と思いました。2006年はその後色んなグループのコンサートに行きましたが、その度これを思ってました。私はKAT-TUN担だ、って。

6月、まず始めにエイトコンに行きまして、その時思ってしまったんです。大倉が怖い、と。メンバーの誰よりも大きな歓声を受けてる大倉が怖い。今にして思うと、大倉がWebを皮切りにじわじわと人気を集め、演舞城あたりから急激に成長してしまったことがただ単純に妬ましかっただけだったのかもしれない。身近な存在だったたっちょんが遠い存在になった、とかではないんです。ただ、ずるい、って思った記憶があります。

同時に私はKAT-TUN担であってエイトコンにはどうやっても馴染めないんだとも思い知らされました。eighterはエイトを何より心の中心部に置く人たちで、エイトコンはeighterのためのものなんだと。それがKAT-TUNSOPHIAをどうしても譲れない私が心から楽しめなかった理由だと。分からないけれど、私はそう思ったんです。

内定先での研修バイトが始まったのもこの時期でした。当初は何をやるにも緊張して、毎回激痛が頭を襲う中仕事をしてました。

少クラで聖と藤ヶ谷父がお手紙交換をした頃からじわじわと、そしてセニョリータで完全に父ブームが舞い降りたのもこの頃。突然こっしーの存在を知ってこっしー熱がうなぎ上りになったのもこの頃。浮気相手・大倉から離れたことをきっかけに(?)それまで1つ年下、でなんとかとどまっていた好きな子たちとの年齢差がどんどん開いて行き出します。

7月、6月末になんとか勝ち取ったJrコンだとか翼コンだとか嵐コンだとかすば倉コンだとかイギリス旅行だとかを楽しみに試験とバイトに励みました。

月末に今となってはとても大切な出会いをします。

8月、前半バイト、中旬遊びとコンサート×4、後半イギリス旅行というとても分かりやすい日々が矢のように過ぎ去って行きました。

9月、卒論と実習の用意をしなければと思いつつ横浜旅行と京都旅行に行き、バイトもしまくりました。

後半は教育実習。

10月、前半は教育実習で人生で2度とないだろう貴重な体験をしました。大運動会に行けなかった上にキスマイの祈りばかりをエンドレスリピートするという祈り病にかかり、久しぶりの切ない思いをします。

そして実習最終日に仁の留学発表。また強くなったファンを目にします。細かいことをぜーんぶ抜きにして考えて、私は嬉しかったりもしました。ほんとに細かいこと全部抜きにしたら仁が留学して語学を学びたいと、その言葉だけでも私は惚れてしまいそうなくらい嬉しかったんです。ただただ私の偏った好みなだけですが。それでもすっかり強くなって、世間の風にもいちいち騒がずに、静かに仁の幸せを祈る仁担の方には心を痛めたと同時に頭が下がる思いでした。

後半は実習中にたまった友達との約束と大学の課題に追われます。


11月、人生で初めてかもしれない恋愛モードでした。何をするにもそればっか考えてて、そんな中『ひと恋』が自分内ヒットしました(笑)
12月、卒論卒論卒論、そして鎌倉横浜旅行に行きました。旅行中、いいことがたくさんたくさんありました。でも1つ後の不安要因になることがありました。おかげで、今まで夢にも思わなかったことについて現実的に考え、改めて自分の人生について考えました。

滝翼クリ魂を皮切りに冬休みに入って、だらだらと卒論をやる以外は友達の家でヲタ会をしてうちわ作ったりなどジャニジャニした日々でした。

年の締めくくりに田口の夢を見ました。夢の中で田口と浮気をする気満々だった自分が怖いと思いました(笑)

そして嬉しいNEWSと、カウコンでまた年が暮れてゆきました。

カウコンは興奮したな(笑)だってコッシーとキスマイ兄が噂の『ダメ』で夢の競演しちゃったんだもん(笑)天井席の癖してテンションやばかった。

カツンに至っては亀を見るハズが(いつものことですが)田口に目が行き、さらにその日朝見た夢のせいでキュンキュンしました。どんだけ。



『大丈夫だから信じて待ってろ』

NEWS復活おめでとう!!有言実行のNEWSが輝いて見えました。

内くんと草野は研修生になり、Webからは名前がなくなりましたね。寂しいけど、NEWS担でもなんでもない私が言うのもなんだけど、あ、よかったなって思いました。中身がカラで名前だけが並んでいるよりも、なんだか2人の立場がはっきりして、これからやってやるぞ!!みたいな意志が見えた気がしたから。

もう一度1から頑張りたいという意志、素敵だと思う。今まで心配かけた分、みんなより10倍、100倍の早さで成長して、早くNEWSとエイトの新メンバーになれますように。NEWSとエイトが8人になれますように。